サッサと捨てて、シンプルに生きる!その1今、自分を脅かしているもの、妨げているものを、全部捨てる。

ぜんぶ捨てる

良寛の書がなぜ美しいのか、それは彼がぜんぶ捨てたからです。

それが書の中に現れ出ている。

自由でのびのびとまるで緩んだ弦のような曲線のその字には

柔軟でしなやかな精神世界があるのみです。

では、良寛が何をすてたかというと、

まずは世の中を捨てました・・・。

世の中を捨てた、というより

ことの始めは、世の中から逃げたといったほうがいいかもしれませんね。

良寛の周囲には、

江戸末期の退廃や封建的な抑圧や、

欲と利権にまみれた俗悪な世間があったからです。

なんだかまるで現代のようですね・・・苦笑!

彼は、そこから落ちこぼれたとも言えます。

そして同時に彼が捨てたのは、

自分自身です。

自分の頭の中を去来する自我世界のあれこれの煩悩とやその欲望。

世の中を忖度し、迎合する自分。

傷心し、屈折する自分も委縮する自分も捨てました。

自己顕示も反抗も抵抗も自己防衛も

ぜんぶ捨てさり、

ぼろをまとい行乞で命をつなぐ末端の乞食僧として

禅や道元の書や老子の世界を読み、

その大らかで高邁な知の世界を放浪し、

自分に起きる現象、或いは直面する自然の流れに逆らわず、

ふらふらと生きようとしたからです。

しかし断っておきますが、

それは自己防衛や

それは傍観者でいることや、

ズルい受け身で生きようとすることとは

まったく違いますよ。

むしろ自分の自我世界を捨てることを、

捨て身で命がけでやったと思います。

しかし彼の晩年は、捨てたはずの世の中を再び

拾いました。

なぜ拾えたかというと、それは余計なものをぜんぶ捨てた後、

だからこそ、

人々への優しい寄り添いが起きてきたからです。

悟りを得た高僧ではなく、

ごくごく普通のお坊さんというか、最終的には

放浪歌人かな~。

そういう者になりました。

私もほんとに捨てたいものばかりであり、

ほんとにシンプルに生きたいです。

だから捨てられるだけ捨てます。

それで、今回この「捨てる」という事を書かねばと思い立ったのは、

私の周囲にいて、もがいているひとのためにも、

その生きるヒントとして

いらないものを捨てればきっと楽になれるとおもったからです。

楽になるとは、精神的に自由になるということです。

脳科学に基づいた見地からの視点でも

自我にまとわりついている欲やコンプレックスやネガティブ感情や心配や不安は

お掃除してしまった方が、脳のストレスがなくなります。

また心理にかかるブレーキもとれてきます。

まあそんなこんなを、

先般ご紹介した中野善壽著「ぜんぶすてれば」discaver の中からも

参考、引用させていただきながら書きます。

今私の周囲で、大変苦しんでおられる方のためにも

急いで書きますが、

捨てることはたくさんありますから

少しずつシリーズで書いていきます。

まずは

●その1、今、自分を脅かしているもの、妨げているものを全部捨てる。

生きにくい自分とか、自分がのびのびと自由に生きることを

妨げている、自分の思い込みを全部捨てる。

それは取り越し苦労の

心配であったり、不安であったり、迷いであったり

他人や配偶者への執着であったり、世間へ忖度であったり、

或いは何らかの義務感であったり、孤独になることの怖れであったりと、

今、自分を苦しめ、自分を迷わせ、自分が楽に生きることを妨げているものを

捨ててしまいます。

大丈夫、そんなもの捨てても何の支障も起こりません。なぜなら

心配に不安も迷いも他者や配偶者への執着も。世間の忖度も

また自分が背負っている義務感も、孤独になることの怖れも。

ぜんぶ◎その人間の思い込みだからです。

自分が作り出している妄想です。

自分が自分を追い込んでいるのです。

脳の中に他人の眼で自分を見る神経細胞(ミラーニューロン)があります。

それがよけいなおせっかいをして

自分を縛るのです。

しかし自分の耳に聞こえるそのおせっかい野郎も自分ですから

つまりは自分が自分を追い詰めているだけです。

よ~く冷静になって自分の不安や心配がほんとうにそうなのか。

それは●本当に実体が、あるものなのか???考えてご覧なさい。

ほとんどのことは起きないです。

また●迷いの底には欲や損をしたくない自分がいないかどうか確かめてご覧なさい

きっと欲張りの自分がいるでしょう。

同じように自信がないため、

●自分で決断や判断のリスクから逃げようとしていないか、どうか。

背負っている義務も、本当にそれが必要なのかどうか。

背負っていてもそれをより軽くするようにすること。

自分が潰れるよりどれほどいいか。

もしかしたら、それをしてもしなくても、事態は変わらないのではないか。

そして、

孤独なんてのは、人間はすべての人が一生孤独なのであり、

人間は一人で生まれ、一人で死ぬものなのです。

そういうことをしっかり考察して、それがいらないなら

さっさと捨てることです。

捨てて見れは脳がシンプルに整理されていくでしょう。

思い込みと、それにまとわりついている感情を

サッサとすてて、爽やかに生きることです。

つづく!

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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