サッサと捨てて、シンプルに生きるその8、世の中のバケモノや妖怪を捨てる!

人がその内面で何を恐れているか、というと

いろいろ心配ごとや災害などもありますが、

その代表的なものは、世の中と他人ではないでしょうか。

他人との関係や世の中のあれこれと、

自分を一緒くたにして

正体不明の怖れに脅かされているのではないでしょうか。

では世の中とはどういうものであるか?

世の中とは、自分を含めて人間がその都度起こしている<現象>です。

現象ですから、次から次へと常に変化しています。

また現象を起こしている人間も常に変化しながら、自分たちが

作りあげる現象に反応してはさらに現象をおこす、といった具合で

何とも頼りにならない、実はアホラシイものなのです。

そんな中で、人は浮いたり、沈んだりと、まあ、流れに浮かぶ

泡沫(うたかた)のようなもんで、

教養ある人なら、そんなこたぁ~「方丈記」で、とっくに

知ってら~と言うでしょうが!

実は私たちも、私という現象を起こしているいきものです。

あの宮沢賢治が言い当てたように、

私たちの脳は「明滅する因果交流電燈の光」なのです。

そして賢治はさらに、それが

「仮定された有機交流電燈」であると、

脳世界が、仮想世界であることも見事に、言い当てています。

そして

「明暗交替のひとくさりづつある

 心象スケッチです」と。

つまり、

世の中とは、

あてにならない他者が起こす心象現象の群像(幻想)であり、

では、

自分はそれに対して、どういうスタンスをとるか、

ということが大事なのです。

妖怪やお化けが闊歩する世の中という魑魅魍魎現象の中で

それに惑わされて取っ捕まるか、溺れて流されるか。

反対にちゃんと距離を置いて、

それをしっかり眺め、見極めるか、

それはその人の自由です。

ただ眼を閉じ、殻に籠り逃げて、引きこもるのは✖ですよ。

何も見ないで目をつぶるのでは、話ならない!

ちゃんと世の中や他人を見て、その上で

自分はどのように生きるかを決めるんです。

私、田下啓子の場合は、

世の中と一定の距離を取り、

そして、その現象を面白可笑しく見ながら・・・笑!

私ができること、

私がやらなければならないならないことだけを

ささやかで小さな使命感を持って

世の中と関わっています。

このブログや、映画や、SNSのことなどがそうです。

この距離感が、

いわゆる、良寛和尚の距離感かと、私は思いますが、

いかがでしょうか。

そしてできうる限り冷徹な、冷静な感情を以て

世の中を対峙することだと思います。

もうすぐ春!

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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