人がその内面で何を恐れているか、というと
いろいろ心配ごとや災害などもありますが、
その代表的なものは、世の中と他人ではないでしょうか。
他人との関係や世の中のあれこれと、
自分を一緒くたにして
正体不明の怖れに脅かされているのではないでしょうか。
では世の中とはどういうものであるか?
世の中とは、自分を含めて人間がその都度起こしている<現象>です。
現象ですから、次から次へと常に変化しています。
また現象を起こしている人間も常に変化しながら、自分たちが
作りあげる現象に反応してはさらに現象をおこす、といった具合で
何とも頼りにならない、実はアホラシイものなのです。
そんな中で、人は浮いたり、沈んだりと、まあ、流れに浮かぶ
泡沫(うたかた)のようなもんで、
教養ある人なら、そんなこたぁ~「方丈記」で、とっくに
知ってら~と言うでしょうが!
実は私たちも、私という現象を起こしているいきものです。
あの宮沢賢治が言い当てたように、
私たちの脳は「明滅する因果交流電燈の光」なのです。
そして賢治はさらに、それが
「仮定された有機交流電燈」であると、
脳世界が、仮想世界であることも見事に、言い当てています。
そして
「明暗交替のひとくさりづつある
心象スケッチです」と。
つまり、
世の中とは、
あてにならない他者が起こす心象現象の群像(幻想)であり、
では、
自分はそれに対して、どういうスタンスをとるか、
ということが大事なのです。
妖怪やお化けが闊歩する世の中という魑魅魍魎現象の中で
それに惑わされて取っ捕まるか、溺れて流されるか。
反対にちゃんと距離を置いて、
それをしっかり眺め、見極めるか、
それはその人の自由です。
ただ眼を閉じ、殻に籠り逃げて、引きこもるのは✖ですよ。
何も見ないで目をつぶるのでは、話ならない!
ちゃんと世の中や他人を見て、その上で
自分はどのように生きるかを決めるんです。
私、田下啓子の場合は、
世の中と一定の距離を取り、
そして、その現象を面白可笑しく見ながら・・・笑!
私ができること、
私がやらなければならないならないことだけを
ささやかで小さな使命感を持って
世の中と関わっています。
このブログや、映画や、SNSのことなどがそうです。
この距離感が、
いわゆる、良寛和尚の距離感かと、私は思いますが、
いかがでしょうか。
そしてできうる限り冷徹な、冷静な感情を以て
世の中を対峙することだと思います。

もうすぐ春!
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