◆作家の眼、その3,宮沢賢治の場合。

宮澤賢治の素晴らしさは、

どんな人々の心に響くその言葉が素晴らしい。

それは賢治が本気で思い書いた言葉だからです。

しかし、だからこそ、

大衆の幻想の神坐にチョコンと治まっている賢治より、

彼の本当の姿のほうによほど価値があると、私は考えます。

作家の眼は、ありのままの賢治を書くことこそ、

その使命であると私は考えます。

彼の人生はもうコテンパで、さんざんでありましたよ。

求道の人なんてキレイゴトなんかじゃないです。

世間知らずのボンボンの、迷いと挫折の連続です。

最後はその安着さが決定的にうちのめされて「雨ニモマケズ」を

書いたと思います。

ただ、最後はやはり、彼の知性が最後は彼を救いましたが。

「銀河鉄道の旅」こそは、彼の自己葬祭の小説であり、

ロマンとか、ファンタジーなんての、ナマやさしいものではないです。

ただ、あまりにことばが美しいので、みんな騙される・・・苦笑!

「銀河鉄道の夜」は、

やること為すことすべて失敗し、すべてのことを失い、すっかりあきらめ、

一切の夢から醒めて、殺伐とした現実を生きようという、

賢治の決意の物語だと思います。

(あの世にに行くのをあきらめて地上に戻るジェバンニです。)

そういう風に見ると、迷い、さまよう賢治の現実的な姿にこそ

より深い感動が生まれると思います。

彼が葛藤したもの、格闘したもの、そして夢見たもの、さらに

それを押しつぶした当時の現実のすごさです。

頭でっかちのお人よしの賢治が、

少しばかり世の中をナメていた賢治が

うかうかと百姓もどきになろうとした時、

彼への厳しい指弾の眼が彼を囲みました。

その冷めた目を背中に浴び、のたうち回りながらの

「羅須地人協会」での賢治がいました。

怯え、怖れ、苦しみ格闘した賢治の姿を理解できると、

あの詩の深刻さや厳しさを感じると思います。

私はそれこそが、私達の賢治への愛だと思いますよ。

以上は私の遺言のようなものです。なぜならいずれ、

賢治もそのすべてが明らかになると思いますから。

うわっつらを撫でたようなものを書かない、描かない。

自分をも突き刺しながら書く。

それが作家の眼であり、芸術家の使命であると

私は考えています。

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この記事を書いた人

作家。映画プロデューサー
書籍
「原色の女: もうひとつの『智恵子抄』」
「拝啓 宮澤賢治さま: 不安の中のあなたへ」
映画
「どこかに美しい村はないか~幻想の村遠野・児玉房子ガラス絵の世界より~」

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